楠 木 正 成

Masashige Kusunoki
Masashige Kusunoki

□ 基本情報

楠木正成 くすのきまさしげ

生没年:1294-1336

訪問日:2006.10.14

所在地:大阪府南河内郡千早赤阪村 千早小学校

建立:不明

制作:不明

題名:楠木正成之像

 


□ 人物

鎌倉末期から南北朝時代の武将。後醍醐天皇の倒幕のため挙兵するとこれに呼応して下赤阪城に挙兵。後醍醐天皇が敗れて隠岐に流されている間も幕府と戦闘を続け、2年後には隠岐を脱出した後醍醐天皇を助けて鎌倉幕府を倒す。その後後醍醐天皇の新政に離反した足利尊氏を討伐。しかし翌建武3年、九州から再び攻め上った尊氏の軍勢に湊川の戦いで敗れ自刃した。

 

もっと詳しく ⇒ Wikipedia


□ 由縁

千早赤阪村は楠公誕生の地であると伝えられており、郷土資料館に隣接して楠公誕生地の碑が建っている。挙兵した下赤阪城、幕府と戦うために築いた千早城も遺構が村内に残っている。


□ 付言

残念ながら小学校の校門は固く閉ざされ、こんな位置からしか写真が撮れませんでした。千早赤阪村は大阪府に唯一残る村です(2010時点)。

と調べたところ2008年に千早小学校は近隣の小学校と統合して実質的に廃校となったようです。100年以上の歴史を持った小学校に建っていた小像の運命はどうなったのでしょうか・・・。